「お尻を後ろに引く」がピンとこないあなたへ
ヒップヒンジ——「腰を丸めずに、股関節から折るように曲げる」動きのことです。
そう説明されてやってみたものの、自分がちゃんとできているのかまったく分からない。そんな経験はないでしょうか。
動画のお手本は滑らかなのに、自分がやると腰を丸めているだけのような気もする。太もも裏が突っ張るはずなのに、何も感じない。
この「合っているか分からない」という状態は、とても多いです。というのも、ヒップヒンジは見た目の形が似ていても、中身がまったく違う動きになりやすいからです。鏡で同じ角度に曲がって見えても、腰から曲げているのか股関節から折れているのかは、外からは意外と見分けがつきません。そしてこの違いが、腰にかかる負担を大きく分けます。
この記事では、ヒップヒンジのやり方を自分で確かめられる形でお伝えします。あわせて、多くの解説で触れられていない「しゃがむ動作との使い分け」も整理します。
ヒップヒンジは、ジムのための動作ではありません
ヒップヒンジを検索すると、たいてい「デッドリフトやスクワットの基礎」「筋トレの土台」といった説明が並びます。間違いではありませんが、この入り口だと筋トレをしない方には関係のない話に見えてしまいます。
実際は逆です。
ヒップヒンジは、あなたが今日すでに何十回もやっている動作です。洗面台で顔を洗う。落ちたものを拾う。洗濯かごを持ち上げる。子どもを抱き上げる。靴下を履く。そのすべてが前かがみであり、そのたびに腰から曲げるか股関節から折るかを、体は選んでいます。
ジムに行くかどうかは関係ありません。問題は、この選択が無意識に行われていて、気づかないうちに腰から曲げることが多くなっている点です。
ヒップヒンジでありがちな3つの間違い
① 腰から曲げていることに気づいていない
いちばん多いのがこれです。
股関節から折るというのは、脚の付け根を支点に、骨盤ごと上半身を一枚の板のように前へ倒す動きです。背骨のカーブはほとんど変わりません。一方、腰から曲げるほうは、骨盤が動かないまま背中と腰だけを丸めて上半身を前に落とす動きです。
見た目はどちらも前かがみですが、後者は腰の一点に負担が集中します。そして股関節が前へ倒れにくいと、体は足りない動きを腰で補いやすくなります。背景は股関節の硬さだけでなく、骨盤や背中の動き、太もも裏の柔軟性、動作のクセなど複数の要素が重なっていることがほとんどです。
② 「背中を丸めない」を意識しすぎて反ってしまう
丸めるのを避けようとして、逆方向に行きすぎてしまうパターンです。
胸を強く張って腰を反らせたままお辞儀をすると、腰の後ろ側が詰まったような感覚が出ます。これはこれで負担がかかります。目指したいのは、反るでも丸めるでもなく、立っているときの背骨のカーブをそのまま保って倒すことです。
腰を反らせるクセが強い方は、反り腰が腰の重さを生む理由もあわせて読んでみてください。
③ 膝を伸ばしきったまま倒そうとする
「膝をあまり曲げない」と説明されることが多く、それを受けて膝をピンと伸ばしたまま倒そうとする方がいます。
膝を伸ばしきると太もも裏が強く引っ張られ、途中で動きが止まります。そこから無理に前へ行こうとすると、足りない分を腰が丸まって補い、結局①に戻ってしまいます。膝は「軽く緩める」程度、ロックを外すくらいの感覚でかまいません。
股関節から折れる感覚のつかみ方
ここからは実際にやってみる手順です。特別な道具は要りません。
壁を使って、お尻の行き先をつくる
いちばん分かりやすいのが壁を使う方法です。
- 壁に背を向け、こぶし1つ分(10cmほど)離れて立ちます
- 足は腰幅、つま先はまっすぐ前。膝は軽く緩めます
- 胸を軽く前に倒しながら、お尻を後ろの壁に向かって送ります
- お尻が壁に軽く触れたら止め、お尻で床を押すようなイメージで元に戻ります
このとき「上半身を倒そう」と考えると腰が丸まります。主役はお尻の移動で、上半身が倒れるのはその結果です。この順番を逆にしないことが、動作の要になります。
もうひとつ、足裏の感覚も大切です。この動きが苦手な方は、つま先側に体重が偏っていることがよくあります。つま先だけでなく、かかとにも軽く体重が残っている感覚を保ってみてください。これだけで、お尻が後ろに送りやすくなる方が多いです。
慣れてきたら壁からの距離を少しずつ広げます。遠いほど、股関節をしっかり使わないとお尻が届きません。ただし最初から離れすぎると、届かせようとして腰が丸まってしまいます。近い距離から始めてください。
棒を背中に当てて、背骨のカーブを保つ
もう一段確かめたいときは、長めの棒を背中に縦に当てます。突っ張り棒や物差しでもかまいません。
後頭部・背中の真ん中・お尻の3点が棒に触れた状態をつくり、3点を離さないまま前に倒します。腰から曲げると背中の真ん中が離れ、反りすぎると腰と棒のすき間が大きくなります。3点が保てる範囲が、今のあなたが安全に曲げられる範囲です。
どこに効いていれば合っているのか
股関節からしっかり折れていると、お尻や太もも裏にじわっと張る感覚が出ます。どこで感じるかには個人差があり、内ももに近いところで感じる方もいます。
何も感じない場合は腰から曲がっている可能性がありますが、単に感覚がつかめていないだけ、ということもよくあります。その場合は壁や棒を使って、動きそのものを目で確認してみてください。
ただし太もも裏がもともと硬い方は、張り感が強く出すぎて途中で止まることもあります。その場合は無理に深く倒さず、手前で戻してください。硬さそのものについては太もも裏が硬いと腰が痛くなる理由で詳しく扱っています。
回数の目安は、10回を1セットとして2〜3セット、週に3〜4回ほど。3秒かけて倒し、3秒かけて戻す速さが確認しやすいです。数をこなすより、1回ごとに「今どこから曲がったか」を感じることを優先してください。
日常の前かがみを変える3つの習慣
練習だけで終わると、生活の中の動きは変わりません。日常に持ち込むための工夫を3つ挙げます。
① 「しゃがむ」と「ヒップヒンジ」を場面で使い分ける
ここが、多くの解説で抜け落ちているところです。
腰痛予防の情報では「膝を曲げてしゃがんで持ち上げましょう」、ヒップヒンジの情報では「膝はあまり曲げません」と書かれています。真逆に見えて混乱しますが、この2つは別の動作で、使う場面が違います。
- 床など低い位置のものを持つとき:膝を深く曲げてしゃがみ、荷物を体に引き寄せてから立ち上がる
- 膝から腰くらいの高さのものを取るとき、洗面台に向かうとき、靴下を履くとき:ヒップヒンジで股関節から折る
すべてをしゃがんで済ませようとすると膝がもたず、すべてをヒップヒンジで済ませようとすると低い荷物で腰に負担がかかります。
なお、持つ場面そのものを減らすことも大切です。厚生労働省の職場における腰痛予防対策指針では、人力のみで取り扱う物の重量について、満18歳以上の男性労働者で体重のおおむね40%以下を目安とし、女性ではその60%程度とするよう努めることが示されています(※1)。ただしこれは職場での取り扱いを想定した目安で、「この重さまでなら安全」という意味ではありません。体重から上限を計算するような使い方は避け、一度に運ぶ量を分ける発想を持っておく程度に受け取ってください。
しゃがむ側の動作を整えたい方は、自宅で始めるスクワット|膝を痛めない3つのコツが参考になります。
② 1日1回、決まった場面を練習の場にする
新しい動きのために時間を確保するのは続きません。毎日必ずやる動作を1つ選び、そこだけ意識してみてください。
おすすめは朝の洗顔です。洗面台の前は、腰から曲げるクセが出やすい典型だからです。壁のときと同じように、お尻を後ろに送ってから上半身を倒す。1日1回でも体は少しずつ覚えます。慣れてきたら洗濯物を干すとき、食器を下の棚にしまうときと場面を増やします。
③ お尻が働ける状態をつくっておく
股関節から折る動きは、戻るときにお尻の筋肉が働きます。ここが眠っていると、頭で理解しても体がついてきません。あわせてお尻を使う運動を入れておくと、感覚がつかみやすくなります。具体的なやり方はヒップリフトが効かないあなたへにまとめています。
まとめ
- ヒップヒンジは筋トレの準備動作ではなく、日常の前かがみそのものです
- 主役はお尻の移動。上半身が倒れるのは、その結果として起こります
- 低くて重いものは「しゃがむ」、それ以外の前かがみは「ヒップヒンジ」と使い分けます
整形外科のクリニックで腰を痛めて来られる方の話を聞いていて意外に感じるのは、重い荷物を持ち上げた瞬間よりも、落ちたペンを拾おうとした、洗面台で顔を洗おうとしたといった何気ない場面を挙げる方が少なくないことです。
重い物を持つときは、誰でも身構えます。逆に軽い物を取るときは無防備で、いつものクセがそのまま出ます。だからこそ変える価値があるのは、気をつけるときの動作より気をつけていないときの動作のほうなのだと感じています。
今日から全部を変える必要はありません。まずは洗面台の前で1回、お尻を後ろに送ってみるところからで十分です。
セルフチェック
当てはまる項目が多いほど、腰から曲げるクセがついている可能性があります。
- 前かがみになると、腰の一点に張りや違和感が出る
- 壁の前でお尻を後ろに送る動きをしても、太もも裏に何も感じない
- 靴下を履くとき、背中を丸めて足に手を伸ばしている
- 洗面台で顔を洗ったあと、体を起こすのが少しつらい
- 落ちたものを拾うとき、膝をほとんど曲げずに手を伸ばしている
やりがちなNG
- 勢いをつけて反動で倒す(確認できず、腰に急な負担がかかります)
- 深く倒すほど良いと思う(可動域より、どこから曲がっているかが大切です)
- 「背中を丸めない」を意識して腰を反らせる(反りすぎも負担になります)
- 痛みが出ているのに練習を続ける(張り感と痛みは別ものです)
- 練習だけして日常動作を変えない(生活の中の回数のほうが多いです)
受診の目安
以下に当てはまる場合は、自己判断で続けずに医療機関へご相談ください。
- お尻から脚にかけてのしびれや、足に力が入りにくい感じがある
- 安静にしていても痛みが強く、夜間や早朝に目が覚める
- 前かがみで強い痛みが走り、動作の途中で止まってしまう
- 転倒や強い衝撃のあとから、痛みが続いている
- 発熱や原因不明の体重減少をともなう
よくある質問
Q1. ヒップヒンジは毎日やってもいいですか?
強い負荷をかけない範囲の練習であれば、毎日行っても差し支えないことが多いです。ただし太もも裏の張りが翌日まで残る場合は、間隔をあけてください。動きを覚えるのが目的なので、回数より丁寧さが役に立ちます。
Q2. 変化を感じるまでどのくらいかかりますか?
動きの感覚そのものは、早い方だと数日でつかめます。ただ日常動作のクセとして定着するには、2〜3週間から2〜3か月ほどかかることが多く、個人差もあります。焦らずに続けてみてください。
Q3. スクワットとの違いは何ですか?
スクワットは膝と股関節を一緒に大きく曲げる運動、ヒップヒンジは股関節を主役にした前かがみの動きです。目的が異なるため、どちらが優れているというものではありません。
Q4. 太もも裏が突っ張って倒せないときはどうすればいいですか?
無理に倒す必要はありません。突っ張りを感じた手前で止め、その範囲で繰り返してください。可動域は少しずつ広がっていきます。硬さが強い場合は、ストレッチを並行するとやりやすくなることがあります。
Q5. 腰痛があるときにやっても大丈夫ですか?
痛みが強い時期は控えめにし、痛みの出ない範囲にとどめてください。動かすと悪化する、しびれをともなうといった場合は、いったん中止して医療機関や接骨院でご相談いただくのが安心です。
出典・参考文献
※1 厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」(腰痛予防対策)